設例
〈設例〉
被相続人はアメリカ国籍を有し、日本永住者の在留資格を持って日本人配偶者と子らと共に居住していた。
日本とアメリカ・カリフォルニア州に不動産および銀行預金を有して死亡した。
被相続人はカリフォルニア州において遺言書を作成しており、全ての遺産を配偶者に与える旨の内容である。
日本にある遺産について
1 戸籍制度を採用しない国の相続証明書
戸籍制度がない国が世界の趨勢である。
戸籍または家族簿等がない国では、身分登録制度として、出生、婚姻、死亡の登録機関があり、その登録機関が出生証明書、婚姻証明書、死亡証明書を発行してもらえるが、これらの書類だけでは、相続に際し相続人を確定し、他に相続人がいない証明書とすることはできない。
そのため、遺言書の有無にかかわらず、相続の開始時、被相続人の遺産を管理清算するために裁判所の関与が必要になる。
2 遺言の準拠法
1.遺言の成立及び効力
「遺言の成立及び効力は、その成立当時における遺言者の本国法による」(通則法37条1項)
2.相続
死亡時の被相続人の本国法による。(通則法36条)
3.遺言の実質的内容
その内容たる法律関係の準拠法による
4.遺言の執行
遺言の内容の実現に関するものであり、実質的内容の準拠法とは異なる
(注)遺言者が遺言書を作成した後で国籍を変更した場合、遺言の準拠法と相続の準拠法が異なることになる。
3 場所的不統一法国
通則法38条3項は「当事者が地域により法を異にする国の国籍を有する場合には、その国の規則に従い指定される法(そのような規則がない場合にあっては、当事者に最も密接な関係がある地域の法)を当事者の本国法とする。」と規定する。
アメリカはどの州の法律を指定するかについて内部規律は制定されていないため、「最も密接な関係がある地域の法」を確定しなければならない。
その基準としては、出身地、常居所地、過去の常居所地、親族の居所地などの要素を勘案し、属人法の趣旨に合致するように決定すべきとされている。
日本の家庭裁判所の渉外相続事件の申立てに関しては、実務上被相続人のパスポート上に記載された出生地を記載するとのことである。
4 遺言がある場合
1.遺言の成立及び効力
遺言の成立及び効力は通則法37条1項による。
遺言の取消は通則法37条2項による。
2.遺言の方式
「遺言の方式の準拠法に関する法律」第2条により次のいずれかに当てはまれば遺言は有効となる。
①行為地法
②遺言者が遺言の成立又は死亡の当時国籍を有していた国の法
③遺言者が遺言の成立又は死亡の当時住所を有していた国の法
④遺言者が遺言の成立又は死亡の当時常居所を有していた国の法
⑤不動産に関する遺言については、その不動産の所在地法
本設例ではアメリカ国籍を有する遺言者により、カリフォルニアにおいて、カリフォルニア・プロベイト・コードによって作成されて成立しているので、上記②により有効となる。
3.遺言の検認
検認手続きの要否については、遺言執行地法に依拠する(判例)
遺言の国際裁判管轄の準拠法は、遺言書の所在地、遺言者の最後の住所地または常居所、遺産の所在地のいずれかが日本にあれば管轄を認める(判例)
4.検認手続きの申立
設例では遺言者の最後の住所地が日本なので日本の家庭裁判所に検認申し立てできる。
検認申立管轄裁判所は、相続開始地であるが、仮に相続開始地を持たない場合、財産の所在地または東京家庭裁判所となる。
5.相続人への通知
相続人の範囲は通則法36条により本国地法が適用され、通則法38条3項により「最も密接な関係のある地の法」が日本法に反致しているかどうか調べる。
アメリカ各州には統一的国際私法がなく、代わりにアメリカ法律家協会がまとめたSecond Restatement of Confkict of LawsのArticle236は不動産所在地の法によること、Article260が動産については被相続人死亡時の住所地によることを規定し、準拠法決定に関して相続分割主義を採用している。
本設例では、不動産が日本にあれば、日本法による相続人の範囲となり、動産は日本に住所を有して死亡しているため、やはり日本法により相続人の範囲を決定することになる。
裁判所は配偶者および相続人たる被相続人の子らに遺言検認期日通知書を送付する。
6.検認期日及びその後の手続
検認期日において、裁判官が検認し、その証明の奥書をして、返還する。
奥書された遺言書その他の書面をもって相続登記申請又は銀行口座解約手続によって一連の手続が終了する。
5 遺言がない場合
遺言書がない場合には法定相続による。
準拠法については、相続統一主義と相続分割主義の国に分かれている。
アメリカは上記で述べたように、不動産の相続は不動産の所在地法により、動産の相続は被相続人の死亡時の住所地とする相続分割主義を採っている。
本設例では、不動産も被相続人の死亡時の住所も日本であるため、日本の民法によって法定相続に従い相続をするか、遺産分割協議により異なる相続分を決定することもできる。
カリフォルニアの遺産について
1 カリフォルニア州法での相続の準拠法
被相続人であるアメリカ国籍者が、日本を最終住所地として亡くなった場合に、カリフォルニアに残した不動産及び銀行口座預金の遺産相続手続きはどうなるか。
すでに述べたようにカリフォルニア州には統一された国際私法はない。
そこでSecond Restatement of Confkict of Lawsにより、不動産は不動産が存在するカリフォルニア州法、動産である銀行預金は日本の民法が準拠法となる。
ただし、コモンロー諸国は相続に関して管理清算主義を採用しており、相続財産は一旦、遺言又は検認裁判所により指名された人格代表者(Personal representative)に帰属させ、人格代表者が負債等を管理清算し、その後残余財産を相続人等に分配することになる。
ただし、遺産が存在しない場合は、遺産管理手続きは開始しない。
そこで、カリフォルニア州における遺産管理手続きは、Califolnia probate Codeの規定により遺産管理清算手続をすることになる。
2 遺言がある場合
1.独立遺産管理
独立遺産管理(IAEA,Independent Administration of Estate Act)は、プロベイトにおける売却処分手続きを簡略化し、人格代表者は裁判所の監督に服さずに遺産管理ができる。
2.附則的遺産管理における非居住者被相続人の遺産管理手続
死亡時にカリフォルニアに本源住所を有していない被相続人のカリフォルニアに所在する遺産の手続きは、すでに選任されている人格代表者が、管轄裁判所に申出することにより遺産管理手続が開始する。
非居住者の遺言の検認が他国又は他州で承認されているか、Califolnia probate Codeを満たしていれば、附則的遺産管理手続における遺言検認はこの条文に従う。
この条項の要件を満たしていない場合、遺言は、附則的遺産管理手続において検認される。
3.附則的遺産管理以外の手続におけるカリフォルニア州以外の州の人格代表人による少額遺産動産の回収
附則的遺産管理手続の申立てを除き、カリフォルニア州以外の州の人格代表者は、被相続人の動産回収のため、宣誓供述手続を用いることができる。
カリフォルニア州では15万ドル以下の遺産については人格代表者が裁判所の手続きを経ずに宣誓供述書による遺産の回収が認められている。
3 遺言がない場合
1.無遺言における遺産管理人の選任
遺言がない場合、裁判所が遺産管理人を選任する
2.裁判所の選任権
裁判所が遺産管理人(人格代表者)を選任するが、選任される資格には優先順位が定めらている。
①配偶者②子③孫④その他の子孫⑤両親➅兄弟姉妹⑦兄弟姉妹の子孫⑧祖父母⑨祖父母の子孫・・・・・・・・
3.カリフォルニア州居住者でない候補者
遺産管理人としてカリフォルニア住民ではない者を選任することはできない
4.遺産管理人選任後の手続
遺産管理人が選任された後は、遺言がある場合と同じく、遺産管理清算手続きが複雑でなければ、独立遺産管理手続きを選択して申し出ることができる。
遺産管理人は管理清算の上、裁判所の決定のもとに、不動産は移転登記をしたり、売却代金を分配したりする。
設例では動産については相続準拠法である日本法を適用できるため、日本法により遺産分割協議を行い、特定の相続人に分配を主張することができるはずであるが、カリフォルニア在住の遺産管理人の代理人たる法律実務家は国際私法に理解を示さないことが多いことを注意する。