遺言執行業務の一般的な手順
遺言執行者の業務を概括的に言えば、就職通知・財産目録の作成・遺産の管理・執行・任務終了報告・執行費用の精算である。
遺言書により遺言執行者として指定されている者が自ら遺言書作成に関与していた場合には、公正証書遺言なら直ちに執行に着手する(自筆証書遺言なら遺言書検認の手続を要する)。
しかし、遺言者死亡後に指定遺言執行者から依頼を受けた場合や、家庭裁判所から遺言執行者に選任された場合には、遺言の有効性を確認し、遺言文言を解釈し、執行の段取りを検討しつつ、執行を進めることになる。
以下、注意点を説明する。
ア 遺言の有効性の確認
生前の遺言者と面識がなく、遺言者の意思能力や遺言の趣旨内容も理解できていない場合、遺言の有効性を確認する必要がある。
遺言執行者選任審判担当の家庭裁判所は遺言者の意思能力を調査しないし、遺言書検認手続は遺言の有効性を保証しない。
相続人等から遺言無効の主張にそなえて、遺言の形式的有効性及び意思能力の有無等実質的有効性を確認する。
ただし、相続人等から遺言無効主張がないと考えられる場合や、自ら遺言の有効性を確信した場合には実行するべきである。
イ 遺言文言の解釈
遺言の内容が実現不可能または実現困難な場合や、利害関係人の間で解釈の対立も起こり得るため、利害関係人を聴取し、個別の文言のみならず、遺言の全体及び遺言者の置かれていた状況等総合的に考量して解釈するべきである。
ウ 就職通知の内容及びその発送時期
遺言執行者がある場合、相続人は相続財産の処分等遺言の執行を妨げることができず、これに反する行為は無効となる。(民法1013条)
従って、「遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない」(民法1007条2項)
この通知は実質的に「就職通知」であると同時に、相続人に対して、相続財産の処分をしないように注意したり、遺言の内容の解釈について意見を求めたり、遺留分減殺請求の行使についてなど、相続人に必要な情報を提供する。
遺言執行者は、特定財産承継遺言について、対抗要件を備えるために必要な行為をする権限を付与された(民法1014条2項)ことから、登記または登録を済ませてから、上記の「就職通知」を発送すべきである。
これは、相続人の遺言執行に反する行為は無効となるものの、善意の第三者には対抗できないため、早急に登記または登録を済ませる必要があるからである。
エ 就職通知の遅滞
就職通知を遅滞した場合、民法1019条に基づく遺言執行者解任事由となりえるし、民法899条の2及び民法1013条2項は、遺言執行者に対抗要件具備権限を付与し、共同相続における権利承継の対抗要件を規定している処、遺言の内容が実現できなかった場合には、損害賠償請求を提起される恐れもある。
また受益の相続人が遺言執行者に指定されている場合には、「遺言を隠匿した者」(民法891条5条)として相続欠格事由に該当する可能性もある。
オ 関係者からの事情聴取など
相続人への遺言内容通知以外に、受遺者に通知して遺贈を承認するか否かを以降調査が必要である。
また、そもそも遺言の内容が遺贈なのかどうか等遺言内容に疑義がある場合には、相続人等の事情聴取が必要である。
そして遺言の対象である財産の確認のために、銀行や証券会社に種々の照合をする必要もある。
どのような関係者からどのような事情聴取をするかは千差万別であり、あくまでも遺言者の意思の実現という目的を忘れてはならない。
カ 財産目録の作成
遺言執行者には財産目録作成義務(民法1011条)があるが、その目的は遺言執行者の管理処分権の対象となる財産を明らかにし(民法1012条1項)、相続人の処分制限効の範囲(同1013条1項)を明確にするためであるから、財産目録に記載すべき財産は、遺言施行の対象に限定すべきである。
預貯金などの金融資産が遺言執行の対象とされている場合、把握できている金額・評価額を記載することが多いが、財産の評価額は必要的記載事項ではなく、調査義務もない。
財産目録は相続人資格者に通知すれば足りるのであり、プライバシーを考えると、特定遺贈の受遺者に通知すべきではないが、包括受遺者は民法990条により相続人と同一の権利義務があるから、包括受遺者には通知すべきである。
キ 具体的な遺言執行行為
個別具体的な遺言執行行為は、遺言文言次第、対象財産次第であるが、遺産分割協議後の遺産の名義変更や分配手続と殆ど変わらない作業である。
以下は民法改正により遺言執行者の権限として規定されたものである。
1.民法改正により、遺言執行者に明文で預貯金の払戻しの請求又は当該預貯金に係る契約の解約の申入れをする権限を認めた(民法1014条3項)ことにより、これまで明確ではなかった遺言執行者の権限が一つ明確になった。
ただし、預貯金債権全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限定されており(民法1014条3項但し書き)、さらに預貯金以外の金融資産の扱いについてはこれまで通り遺言の解釈に任されることになっている。
2.民法改正により、遺言執行者は復任権の要件が緩和され、自己の責任において、遺言執行の手続きを包括的に委任することも認められた。(民法1016条)
3.特定財産承継遺言に係る遺言執行者に対抗要件の具備行為の権限が付与された。(民法1014条2項)
ク 相続人への報告
遺言執行者は委任契約に関する民法644条(善管注意義務)、645条(報告義務)、646条(受取物引渡義務)、647条(金銭費消の責任)、650条(費用償還請求等)の規定が準用されており、相続人に対して報告義務がある。
遺留分権を有しない相続人には報告する必要がないのではないかと疑問があるかもしれないが、しかし遺贈が放棄された場合には当該遺贈の対象たる財産は相続人に帰属する(民法995条本文)場合など、潜在的に相続資格者は利害関係人であると言えるから、遺留分権のない相続人等も利害関係人と考えるべきである。
ケ 遺言執行費用及び報酬の受領
遺言執行者の報酬は、事務を終了した後でなければこれを請求することができない(民法1018条2項、648条2項本文)とされているため、遺言書に報酬算定基準が定められていても、相続人等に相談なく相続財産から報酬額を控除すべきではない。
「遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。ただし、これによって遺留分を減ずることはできない」(民法1021条)とされており、遺留分侵害の遺言についての遺言執行費用と報酬は、受遺者又は受益の相続人の負担となる。
報酬については遺言に報酬算定基準があればそれに従い、算定基準を超える執行行為についての報酬は相続人等と協議することになる。
報酬について相続人等との協議がまとまらない時には家庭裁判所に報酬額の決定の申立を行う。
特殊な事案における遺言執行者の職務
ア 無効主張されている場合
口頭で遺言無効主張がなされても実際に遺言無効確認訴訟を提起しないことも多いため、遺言執行者から期限を定めて遺言無効確認訴訟の提起を促し、期限を経過すれば遺言執行を進めれば良い。
遺言執行の対象である預貯金について、遺言の無効を主張する相続人から金融機関に対して、相続預金の支払いをしないように求める内容証明郵便が送付されている場合、遺言執行者が金融機関にたいして預貯金の解約の請求が認められないため、遺言執行者が原告となり、相続預貯金払戻請求訴訟をすれば良い。
この場合、金融機関が遺言無効を主張する相続人らに対して訴訟告知をし、相続人資格者らが訴訟参加した時点で、預貯金を供託する可能性が高いので、遺言執行者としては、供託金還付請求権確認請求に訴えの変更をすることになる。
訴訟告知を受けた相続人は、遺言無効主張して、独立当事者参加せざるを得ないはずである。
イ 遺言の解釈に紛争が発生した場合
遺言の解釈について遺言執行者と利害関係人との間で見解の対立は起こりうるが、第1次的な遺言解釈権者は遺言執行人であり、その解釈を示すべきである。
対立が解消しない場合には裁判所の判断を求めることになる。
ウ 遺留分減殺請求がされた場合
遺留分減殺請求がなされた場合の対応には、色々なケースが考えられるが、遺言執行者には遺留分侵害の事実についての調査権限もなく義務もない。
遺留分侵害の有無を確定するには、生前贈与を調査する必要があるが、遺言執行者には調査権限はなく調査も困難である。
そのため遺言執行者としては、遺留分権利者に事情説明をし、遺言執行完了後に受遺者又は受益者の相続人との間で遺留分減殺請求についての協議をしていただくのが実務的だと言える。
もっとも、不動産の遺贈については早期に権利移転の経過を登記に反映させるべきであるから、遺留分減殺請求がなされても執行を完了すべきである。
エ 全部包括遺贈の場合
全部包括遺贈の場合、遺言の効力発生と同時に遺言者の権利義務の全部が包括受遺者に帰属することになるため、一見、遺言執行者による執行行為を要しないかに思える。
しかし少なくとも不動産の移転登記手続きは、受遺者と遺言執行者又は相続人が共同申請する必要があり、相続登記として単独申請はできない。
ただし、相続人の一人に対して遺産全てを相続させる旨の遺言は、遺贈ではなく相続と解されており、単独で相続による所有権移転登記ができる。
また、全部包括遺贈の場合にも、遺言執行者として指定されている以上、財産目録作成義務があり、そのために財産調査や財産管理も遺言執行者の業務となる。
オ 割合的包括遺贈の場合
割合的包括遺贈の場合(例えば2分の1を相続人2人にそれぞれ遺贈した場合など)は、具体的相続財産を遺言執行者か決定できないため、所有権移転登記や引渡と言った業務をすることができない。
したがって、遺言執行者の職務としては、遺産分割が終了するまでの相続財産の保全や管理に必要な行為に限定されることになる。
ただ、この遺言執行者の管理的権能の中には、相続財産の範囲に関する訴訟や遺言の効力に関する訴訟の当事者となる権限を含み、また遺産の保全管理のために必要やむを得ない限り、遺産を処分することも可能との決定もある。(東京家庭裁判所昭和61年9月30日決定)
カ 清算型包括遺贈の場合
「一切の財産を換価売却し、相続債務・葬儀費用・遺言執行費用・その他諸経費を控除した残額を、甲に2分の1,乙に3分の1,丙に6分の1をそれぞれ遺贈する」という遺言を「清算型遺言」という。
具体的執行行為は、不動産・有価証券・動産類を換価売却し、預貯金を解約払戻請求をし、一切の遺産を金銭に換価して、清算を完了した後の残額を甲乙丙に分配することである。
清算型遺贈における不動産の売却に必要な登記手続きとしては、遺言執行者の単独申請により一旦相続登記又は相続財産法人名義に名義人表示変更登記を行った上で、遺言執行者と買受人とか共同して所有権移転登記を行う。
一旦相続人名義への登記がなされるため、相続人に譲渡所得税がかかることになる可能性があり、事前に税務署と打合せを行い、相続人に課税がなされないように注意すべきである。
キ 相続人の処分行為があった場合
特定の不動産を特定の相続人に相続させる旨の遺言については、相続法改正前には遺言執行者の権限外であり、かつ旧民法1013条に違反する行為は絶対的に無効とされていたが、相続人が何らかの方法で遺産不動産について遺言と異なる所有権移転登記をした場合、遺言執行者の潜在的権限が顕在化し、「遺言執行者は、遺言執行の一環として、右の妨害を排除するため、右所有権移転登記の抹消登記手続きを求めることができ、さらには、甲への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続きを求めることができる。」(最高裁平成11年12月16日判決)
ク 遺言による認知・相続人廃除の場合
遺言による認知については、遺言執行者が認知届を提出すれば、執行を完了できるが、推定相続人の排除の遺言(民法893条)については、遺言執行者が推定相続人排除の申立をして、家庭裁判所が相続人排除の審判をし、確定してはじめて相続人資格の喪失となり、その確定審判に基づき相続人排除の届出をすることにより執行は完了する。
排除事由たる「虐待・重大な侮辱」又は「著しい非行」を立証するのは容易ではなく、排除の審判がなされる割合も高くない。
ケ 渉外事件における注意点
外国人の来日が増えまた、日本人の海外資産も増加しているため、相続における海外案件あるいは渉外問題が大きな課題となってくる。
国際裁判管轄・準拠法・適応問題・在外資産の執行・外国非訴裁判の承認などが問題となる。
1.国際裁判管轄については、人事訴訟法等の一部を改正する法律(平成30年法律第20号)が平成30年4月25日に公布され、平成31年4月1日から施行される。
一部相続に関する審判事件につき、家事事件手続法3条の2から13までの規律を新設した。
2.準拠法に関しては、法の適用に関する通則法36条、37条、遺言の方式に関する準拠法等が定めを置いている。
相続は、被相続人の本国法によるとされている。
3.適応問題とは、仮に日本の裁判所に管轄権があるとしても、準拠法が外国法である場合には、日本の裁判所で外国法に基づく手続きを遂行できるのかという問題である。
日本が相続について包括承継主義を採用しているのに対し、管理清算主義を取る国の在外資産の遺言執行をどうするのか問題となるだろう。
遺言と異なる遺産分割
民法907条および908条により、遺言により遺産分割を禁じていない限り、相続人は遺言の内容と異なる遺産分割が可能だと解釈することができる。
しかしながら、最高裁の判例では「特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言」は遺産分割方法の指定であって、被相続人の死亡により、相続人に承継されるとしたため、当該特定遺産について相続登記前に遺産分割の対象とはできないことになった。
最も遺言の通りに相続登記をした後に相続人間で承継した財産の贈与・交換はできるのであるから、遺産分割協議をできない場合であっても同様の結果を実現することができる。
また国税庁のタックスアンサーでは、遺言と異なる遺産分割協議をしても、贈与税を課税することにはならないと明言し、その根拠として民法907条を挙げている。
さらに遺言執行者がいる場合には、遺言執行を妨げる行為はこれまで絶対的に無効とされていたが、民法改正により、遺言に反する処分も善意の第三者には対抗できないことになった。
遺言執行者の辞任又は就職辞退
遺言書により指定された遺言執行者は、遺言執行者への就任を承諾するか否かの許否の自由をもっているが、一旦就職を承認した後に辞任する場合には、家庭裁判所に辞任許可申立をし、家庭裁判所の許可を得なければ辞任することはできない。
就職を拒否するには特段の理由は不要であるが、辞任する時には「正当な事由」が求められる。(民法1019条2項)
遺言執行者の解任
「遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる」(民法1019条1項)